VII 雇用
1) 専任化の希望
2) 雇用不安について
3) 特任教授のような雇用の希望
4) 非常勤講師雇用状態改善策
5) 現状実感と将来に対する見通し
6) 単価賃金
7) 一時金・退職金
8) 性別による問題
9) 採用に際しての年齢の問題
10) 専任採用方法への意見

1) 専任化の希望
専任教員になることを希望しているのは全体の54パーセントです。専業非常勤講師では63パーセントにのぼります。ただし定年後型では希望しない者が67パーセントを占めています (図VII-1)。希望する者の理由としては、大部分が雇用の安定、賃金の改善、研究室、研究費、社会保障、奨学金の返済免除、生活の安定などの要求をあげています。これらは全て、現状では非常勤講師には与えられていないものです。非常勤講師はこうしたないない尽くしの悪条件の中で、専任並の授業を求められ、それに応えているのです。「安定した状況で研究、教育に専念したい」という願いを、圧倒的多数の非常勤講師が表明しています。
 理由の中に「健康が害される恐れがある」というものもあります。生活のために多くのコマを引き受けざるを得ず、そのために健康を脅かされ、しかも社会保障もない、という非常勤講師のおかれた状況は深刻です。
 「主婦のパートタイマー扱いである」という指摘もあります。専任職を必要とする存在として自他ともに認識されている男性非常勤とは異なり、女性の場合は、既婚者ならば「非常勤で充分な存在」と見なされがちです。非常勤のコマ数減を既婚女性から割り当てるといった事例も存在します。女性は未婚者であっても仕事よりは結婚の世話をされるべき存在として扱われたりすることも少なくなく、女性を自立した研究者として育てる環境は未だに確立していません。専任教員に対して専業非常勤講師が占める割合は男性に比べて女性が3倍となっており、圧倒的に高率であるという統計もでています。(国大協「国立大学における男女協働参画を推進するために」報告書11頁)
 「入国管理局で差別されないように」という、外国人講師の声もあります。
 「非常勤はドレイだ」「ほとんど奴隷労働である」という声すら出ています。その一方、「専任にならなくてもよいが、専門職としての位置付けと妥当な待遇を確保してほしい」「専任の人間関係にまきこまれたくない」「フリーでやっていきたい」「専任の雑用を考えると専任でありたいとも思わない」など、仕事が正当に評価されるならば、必ずしも専任になりたいとは思わないという回答もかなりあります。

図VII-1 専任教員になることを希望しますか?
7_01a 7_01b 7_01c
専業非常勤定年後型全体

2) 雇用不安について
 雇用不安については、全体の75パーセント、専業非常勤講師では82パーセントが「根本的に解消すべきである」と答えています (図VII-2)。1年先の見通しがまったく立たない非常勤講師の不安定な状況は、落ち着いて教育研究に専念するにはあまりにも不適切なものです。非常勤講師は次年度の依頼が来るべき時期になると、次年度も依頼が来るだろうか、何とか生きていけるコマ数が確保できるだろうか、と不安な気持ちにならざるをえません。例年よりも依頼が遅れたりすると、もしかしたら雇い止めかもしれない、と悩まなくてはなりません。大学側の都合で一方的に雇い止めになることが、新年度を控えた年明けになってからでさえ起こりうるのです。たとえ理不尽な雇い止めを通告されても、多くの場合非常勤講師は抗議が出来ません。専任教員や紹介してくれた指導教員との関係の悪化を懸念し、それ以上の不利益をこうむることを恐れざるをえないのです。

図VII-2 非常勤の雇用不安は根本的に解消すべきだと思いますか?
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専業非常勤全体

3) 特任教授のような雇用の希望
 特任教授のような雇用の希望は全体で41パーセント、「どちらとも言えない」が36パーセントを占めています。定年後型では57パーセント、と希望する者が過半数ですが、専業非常勤講師では「はい」と「どちらともいえない」がそれぞれ41パーセントと、ほぼ同率であり、特任という雇用形態に対する非常勤講師の複雑な思いを示しています (図VII-3)。特任は複数年の契約期間があり、その間は社会保障も保障され、賃金も非常勤講師に比べたら格段に良いので、実際に特任のポストを薦められたら、それを拒否することのできる人はほとんどいないのではないでしょうか。しかし期限付きであることや、たとえ非常勤講師よりはずっとマシでも専任の待遇との間には大きな格差があることなど、納得ができないことが少なくないのではないでしょうか。非常勤講師は現在あまりにも劣悪で不安定な境遇に苦しんでいるからこそ、特任のような不安定雇用が拡大していく現象に、根本的に疑問を抱いているのではないかと思います。

図VII-3 複数年の契約期間の定めがある専任的勤務 (現行の特任教授のような) を希望しますか?
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専業非常勤定年後型全体

4) 非常勤講師雇用状態改善策
 「私学共済に加入させてもらう」「使い捨て状態を改善し、雇用の安定化をはかる」「最低賃金を30000円にする」「研究費、研究空間の保障」等の意見が多く出ました。また「本務校のある人は非常勤を遠慮していただきたい」「退職した教授を雇うのは控えてほしい」「定年後の再就職は非常勤でやってほしい」「採用基準を厳しくし、使い捨て状態をやめる」という、雇用確保のための切実な意見もあります。その他「身分的に社会から公認される職に位置付けてほしい」「育英会の奨学金を免除か軽減してほしい」「大学院に大学教員養成課程を設ける」「外部の人間ではなく、スタッフの一員として扱う」など、多様な提言がなされています。「ワークシェアリング」「非常勤を勤務時間の少ない正規職員とみなす」など、パート労働をめぐる国際的動向を反映した意見もありました。また「21世紀雇用システム」としてILO、スウェーデン型の同一価値労働同一賃金システムをご紹介しましたが、それに関しては多数の肯定的回答が寄せられ、「人生のいろいろな時期に応じてパートタイム・フルタイムの乗り換えが現状より少しでも簡単になれば、男女を問わず救われる人が大勢いるにちがいない」という意見もあります。
5) 現状実感と将来に対する見通し
現状については、「大変満足」「満足」「普通」を合わせると、専業非常勤が42.6%、定年後は76.9%にものぼります (図VII-4)。専任職のある人では、44.2%で、専業非常勤と同じくらいなのが意外です。「かなり不満」は専業非常勤がもっとも多く20.3%で、常勤職のある人では15.1%となっています。常勤職には非常勤職とは質の異なる不満があるのかもしれません。
 将来に対する見通しについては、専業非常勤の回答は大きく「不安」に傾斜しています (図VII-5)。「かなり不安」が43.0%、「やや不安」が33.8%で、合わせて76.8%が程度の差こそあれ、何らかの不安を感じていると答えているのです。1年先の生活の見通しも持てない非常勤講師としては、当然の回答であると言えるでしょう。
 定年後では不安を感じている人は合わせて22.2%、常勤職のある人では54.0%です。ここでも常勤職のある人の中に不安を感じている人の割合が意外に多いのが印象的です。

図VII-4 現状に対する実感
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専業非常勤定年後型常勤職あり

図VII-5 将来に対する見通し
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専業非常勤定年後型常勤職あり

6) 単価賃金
 専業非常勤講師も、定年後型も、88パーセントの人が現在のあまりに低い賃金を「より高くすべきである」と答えています (表VII-1)。「より高くすべき」と答えた人には、更に「どのくらいの額が適当か」を聞きました。1コマ90分の月額としての具体的金額は、全体の平均が42,693円です。ただし、10,000円等と答えた人は、「月額10,000円高くすべき」という意味で書いたと思われます (現状では月額25,000円程度が多い)。3万円以上の回答だけを見ると、平均46,793円です。回答数は3万、4万、5万円に集中しています (表VII-2, 図VII-6)。
 理由は76パーセントが「専任との格差の縮小」を挙げており、「経済的生活苦」の27パーセント、「コマ数過重負担」の24パーセントがそれに続いています (表VII-3)。自由記述の中には「専任の厚待遇を非常勤が安い給料で支えているようなものであり、しかもそれにまったく気づかない専任あるいは知っていても気がつかない振りをする専任の何と多いことか…」という指摘もあります。非常勤講師は仕事がきちんと評価されることを望んでいます。専任と同じように行っている授業を同じ基準で評価してほしいというのは、労働者として当然の感情ではないでしょうか。

表VII-1 単価賃金 (週一コマ90分あたり月額) について: 額はどうか? (単位 人)
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
今のままでよい1631837
より高くすべきだ1212155197
合計1372473234

表VII-2 より高くすべきと答えた人:どのくらいの額が適当ですか (単位 円)
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
全員41,42545,27844,35342,693
3万円以上回答者43,58259,58350,20646,793

表VII-3単価賃金の理由(より高くすべきと答えた人:複数回答:延べ数) (単位 件)
パーセントは「より高くすべき」と答えた人のうちその答を選んだ人の割合
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
専任との格差縮小101133514975.6%
経済的生活苦の軽減49045326.9%
コマ数過重負担の軽減41074824.4%
補助収入でよい31373.6%
その他197113618.3%
より高くすべきと答えた人数1212155197 

図VII-6より高くすべきと答えた人:どのくらいの額が適当ですか (単位 円)
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7) 一時金・退職金
 「支給すべきである」とする回答は、「すべての非常勤講師に」「専任職のない非常勤講師に」を合わせて全体で84パーセントに達しています。とくに「専任職のない非常勤講師に」が56パーセントを占めています (表VII-4、図VII-7)。
 理由はここでも「専任との格差の縮小」がいちばん多く、「すべての非常勤講師に」と答えた人の78パーセント、「専任職のない非常勤講師に」と答えた人の86パーセントを占めています (表VII-5, 6)。

表VII-4一時金や退職金について:支給すべきか?(単位 件)
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
すべての非常勤に支払われるべき3532967
専任職のない非常勤に支払われるべき891826133
なくてよい841527
その他91212

図VII-7 一時金や退職金について:支給すべきか?
7_07

表VII-5一時金や退職金について:すべての非常勤に支払われるべきと答えた人の理由 (単位 件)
パーセントは「すべての非常勤に」と答えた人のうちその答を選んだ人の割合
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
専任との格差縮小322185277.6%
その他10569.0%

表VII-6 一時金や退職金について:専任のない非常勤に支払われるべきと答えた人の理由 (単位 件)
パーセントは「専任のない非常勤に」と答えた人のうちその答を選んだ人の割合
 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
補助収入でよい00221.5%
専任との格差縮小81142011586.5%
その他31153.8%

8) 性別による問題
 「性別により不利な扱いを受けたことがある」と答えた人は全体の76パーセントです。男女別に見ると、男性が94パーセント、女性が50パーセントで、男性の方が多いという意外な!?結果が出ています (図VII-8)。しかしその具体的な内容の記述は、男性の回答も含めて、女性差別についてのものが大部分なのです。女性差別の実態について、男性が女性以上にシビアに認識しているということなのかもしれません。「あんたのダンナはヒモか、と既婚の女性が働くことをヤユされた」「大学院全体に女性(とくに既婚者)には専任は必要ないという暗黙の了解やいやがらせが常にあった」という回答や年配の教員たちの「女なんかに…」という差別意識の強さの指摘、学生院生時代から非常勤先にいたるまでのお茶コーヒーの係の強要や女性ならではの気配りの要求などのジェンダーハラスメント、「男になるか女の武器 (?) を使わないとホームレスになってしまう」などの意見があります。

図VII-8 女性である、または男性であることで不利な扱いを受けたことの有無
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全体

 「女性は専任職が得にくい」と思う人は、全体の56パーセントです。男女別に見ると女性は75パーセント、男性は42パーセント、と認識に大きな男女差があります (図VII-9)。(実態としては、既に紹介した国立大学協会の2000年報告に示されるように、女性は専業非常勤講師率が男性の3倍という高率になっており、専任職就職の困難がうかがえます。) 理由は「採用する側の意識」が66パーセントで、最も多く、つづいて「出産、育児の女性の負担」が53パーセント、「推薦する側の意識」が46パーセント、などとなっています。回答の男女差は、あまり見られず、むしろ専業非常勤講師とそれ以外の間に違いが目立ちます。専業非常勤講師の回答では、「採用する側の意識」が79パーセント、「推薦する側の意識」が61パーセント、「出産育児の女性の負担」が55パーセント、などとなっています (表VII-7)。
 記述では指導教官や専任教員の「女性なんだから別に専任になる必要はない」「女は家事だけしていろ」「うちには女はいらん」等々という発言が数多く寄せられています。また就職の世話をろくにしてもらえなかったとする意見も非常に多く、「教室の世話で就職できたのは男だけである。女の場合は妨害、横取りされることすらある」「コマ数や曜日まで決まっていた非常勤を履歴書の写真を見て、容姿が知的でないなどと言って断られた」「指導教官に結婚の報告に行ったら、君もおわりだね、と言われた」「結婚して子供がいるということで、かやの外におかれたような気分をずうーっと味わっている」など、ポストの必要な研究者としてみなされていない女性研究者の置かれた状況を告発する意見がたくさんあります。

図VII-9一般に女性は専任職は得にくいか?
7_09a 7_09b 7_09c
全体

表VII-7その理由 (単位 人)
パーセントは「一般に女性は専任職は得にくいと思う」と答えた人のうちその答えを選んだ人の割合)
 全体
採用する側の意識3050.8%5978.7%8966.4%
推薦する側の意識2033.9%4256.0%6246.3%
出産育児の負担が女性に3254.2%3952.0%7153.0%
女性は研究職に向かないと思われているから813.6%1520.0%2317.2%
その他1322.0%1925.3%1410.4%

 専業非常勤定年後型常勤職あり全体
採用する側の意識6879.1%222.2%1948.7%8966.4%
推薦する側の意識5260.5%222.2%820.5%6246.3%
出産育児の負担が女性に4754.7%666.7%1846.2%7153.0%
女性は研究職に向かないと思われているから1719.8%00.0%615.4%2317.2%
その他89.3%00.0%615.4%1410.4%

9) 採用に際しての年齢の問題
 「専任採用に当たって、年齢差別はあると思う」と答えた人は、全体の66パーセント、専業非常勤講師では75パーセントを占めています (図VII-10)。

図VII-10 専任採用にあたって年齢差別はあると思いますか?
7_10a 7_10b
専業非常勤全体

10) 専任採用方法への意見
 専任採用システムの現状に対しては多くの強い不満を表明する意見が寄せられました。とくに公募が名ばかりで本来の機能を果たしていないことを指摘する声が多く、「完全公募」「ガラスばりで公正な公募」の要求、「形ばかりの公募はやめてもらいたい」という意見、「せっかく書類を出しても…読んだ形跡もなく返却されるとがっくりするし、とてもムダです」「内定したわけでもないのになぜ健康診断書まで出さなくてはいけないのか」という強い疑問が出ています。「院生を取るときに指導教官が責任をもってほしい。…研究費などの私情が絡んだ諸事情で院生を取っておきながら、路頭にまよわせるなんて言語道断である」というOD問題、非常勤問題の根本にかかわる指摘もありました。また「業績だけでなく、教えることも評価してほしい」という意見もありました。

「専業非常勤講師」
=「大学非常勤のみの人」大学での非常勤講師だけを仕事としている人
+「予備校等兼職」大学非常勤以外に、予備校、専門学校、高校、塾等で非常勤の仕事を持っている人

「定年後型」
= 大学等を定年退職した後に、大学での非常勤講師をやっている人

「常勤職のある人」
=「大学専任」大学での専任教員をしていて、大学での非常勤講師もやっている人
+「大学外常勤」大学以外での常勤の仕事 (ジャーナリスト・弁護士等) があり、大学での非常勤講師もやっている人