III 世帯と時間
1) 世帯構成
2) 家事・育児・介護の時間
3) 授業や試験のために費やす時間
4) 研究時間
5) 時間と体力

 この章では、非常勤講師が生活者としてどのようなあり方をしているのかを世帯構成や家族関係からとらえ、また、授業以外の時間をどのように過ごしているのかを、家事や育児・介護の時間や研究・授業準備のための時間配分からみていきます。
1) 世帯構成
 まず世帯構成ですが、図III-1のように、151人 (男64・女87) の「専業非常勤」のうち、独り暮らしをする人は15.2% (男9・女14) います。独居する人たちは必ずしも未婚とは限りませんが、ほぼ独身者であろうとみなしますと、独身で親と同居する人15.2% (男6・女17) と合わせて、「専業非常勤」では約3割が未婚・同居パートナーなしの人たちであるということになります。このほかは、配偶者と二人暮らしをする人21.9% (男18・女15) 、配偶者と子ども、いわゆる核家族の人33.1% (男24・女26) 、配偶者と子どもそして親という三世代家族の人7.9% (男5・女7) 、これ以外の組み合わせで生活する人6.6% (男2・女8) となっています。
 この数字を常勤職のある人と比較した場合、やはり「独居・独身者」の数で相違がみられます。すなわち、「専業非常勤」の30.4%に対し、「常勤職あり」では10.1%と両者には約3倍のひらきがあります。この差は、まず両者の年令構成に起因すると考えられます。40歳以下の割合で比較してみましょう (表III-1) 。すると、40歳以下の人は「専業非常勤」の38.1%、常勤職のある人の26.9% (該項目有効数) で、「専業非常勤」の方が約1.4倍多く含まれており、「常勤職あり」より「独居・独身者」の割合が多くなるのは当然といえましょう。

図III-1 世帯構成
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専業非常勤定年後型常勤職あり

表III-1 40歳以下の人数 (単位:人,%)
 40歳以下の人数総数40歳以下の%
専業非常勤5915538.1%
常勤職あり259326.9%

 さらに詳しくみていくために、この40歳以下の人のデータに男女のバイアス (「専業非常勤」:男27・女30) (「常勤職あり」:男19・女5) をかけてみましょう。表III-2を参照してください。これら4つの集団での「独居・独身」率は次のようになっています。「専業非常勤」男性33.3%、 (同) 女性50%、「常勤職あり」男性10.5%、「同」女性60%。「常勤職あり」の女性のサンプル数が少ないという問題もありますが、単純比較では、「常勤職あり」では断然、「専業非常勤」でも1.5倍と女性の方が男性より「独居・独身」の割合が高くなっています。そこで女性の割合が多い「専業非常勤」の方が「常勤職あり」より「独居・独身」の率が高くなるのだといえるでしょう。そして、男性で比較した場合でも、「専業非常勤」の「独居・独身」率は「常勤職あり」の3倍もあります。
 このほかに「専業非常勤」の世帯構成で注目されることは、「配偶者・パートナーとの二人暮らし」と「子どものいる暮らし」のライフ・スタイルの選択についてです。アンケートでは、男女を問わず、ほぼ40歳をさかいにして、「配偶者・パートナーとの二人暮らし」をする人と「子どものいる暮らし」をする人との比率が次のように逆転します。男性の場合71%:29%から20%:80%へ、女性の場合60%:40%から18%・82%へ。このライフ・スタイルの転換は、単純には女性の出産の身体的負担が40歳を越えるとますます大きくなるという問題にかかわっていると考えられますが、女性の「専業非常勤」の場合にはこれに加えて、40歳までは子どものいる生活よりも専任職に就くことを優先するために出産しないという選択をしている人がいるということもあると考えられます。それは、ただでさえ女性ということで採用において差別されるのに、子どもがいればなおさら不利であるというのが現実だからです。「VII 雇用 8) 性別による問題」をご覧下さい。ちなみに、常勤職のある男性の場合では、40歳以下であろうとそれ以上であろうと、「配偶者・パートナーと二人暮らし」と「子どものいる暮らし」の比率はさほど変化はなく、ほぼ1:3の割合になっています。

表III-2 世帯の構成 (男女年齢別)
 常勤職のある人専業非常勤講師
男女合計男女合計
40才以下41才以上合計40才以下41才以上合計40才以下41才以上合計40才以下41才以上合計
独居1123146639771423
独身+親1120113336891723
配偶者のみ414180111912618961533
配偶者と子12344623551420244222650
配偶者と親 (と子)156000614525712
その他033011411208810
合計195877571289273764305787151

2) 家事・育児・介護の時間
 まず、家事にどれだけの時間をさいているかですが (表III-3) 、ここですぐ目につくことは、家事時間がゼロと回答する人がいるということで、それも全員が男性であるということです。高等教育に従事する人でも「家事は自分=男の仕事ではない」と考える人が少なからずいることは残念な結果です。数字で確認しておきますと、こうした男性は、「専業非常勤」に18.6%、「常勤職あり」に36.4%、「定年後型」に28%います。試みに、この設問に回答しなかった人たちも加えますと「専業非常勤」27.3%、「常勤職あり」38.8%、「定年後型」35.7%となります。
 家庭を持つと家事・育児・介護などに時間を割くことが求められます。専業非常勤の労働時間が長いからといって、短くてすむというわけではありません。男女別に見てみましょう。
 女性の家事労働時間は、一日平均にすると、「専業非常勤」では、2.4時間、「常勤職あり」では、2.3時間となり、両者は、あまりかわりません。NHK放送文化研究所の『2000年国民生活時間調査』によると、働く女性の平日の平均家事労働時間は、3.1時間ですから、それと比べると少なくなっています。
 他方、男性の家事労働時間は、女性に比べて各段と少なく、「専業非常勤」では、1.2時間、「常勤職あり」では0.5時間となっています。しかし、『国民生活時間調査』の男性の家事労働時間0.6時間と比べて、「常勤職あり」では、ほぼ同じできわめて少ないのですが、「専業非常勤」では、2倍の時間を費やしていることが、きわだっています。
 乳幼児のいる世帯では、育児にかかる時間は次のようになっています (表III-4) 。一日の平均でみてみますと、「専業非常勤」男性は1.1時間、 「同」 女性は2.5時間、「常勤職あり」男性は1.3時間、「同」女性は3.0時間となっています。「常勤職あり」の方が男女とも育児にかかる時間が長くなっていますが、育児時間はその乳幼児の年令や人数や第一子か第二子かなどによって異なってきますので、この差をとりたてて言う必要はないでしょう。
 介護が必要な人がいる世帯では、介護にかける平均時間は、「専業非常勤」男性5.9時間、「同」女性7.3時間、「常勤職あり」男性0.9時間、「同」女性は10時間 (表III-5) となっていますが、介護がどの程度必要かは一人一人で異なり、差も大きいでしょうから平均時間は参考程度にしか意味がないでしょう。介護時間の最長は「専業非常勤」の方で20時間、一日平均2.9時間というものでした。非常勤講師という地位や収入で不安定な生活を送らなければならない立場にあって、世帯に介護が必要な人をかかえることは、経済的にも肉体的にも精神的にも大変なことであることは容易に想像されます。

表III-3 週あたり家事労働時間 (単位:時間,人)
 0を含む平均人数0を含まない平均人数
常勤職あり3.577人5.549人
16.213人16.213人
定年後型3.525人4.818人
30.01人30.01人
専業非常勤8.559人10.448人
17.186人17.186人

表III-4 週あたりの育児時間 (単位:時間,人)
 0を含む平均人数0を含まない平均人数
常勤職あり1.4779.312
4.81320.73
定年後型0.0250.00
0.010.00
専業非常勤1.6597.812
3.08617.315

表III-5 週あたりの介護時間 (単位:時間,人)
 0を含む平均人数0を含まない平均人数
常勤職あり0.0770.94
0.81310.01
定年後型0.3250.02
0.010.00
専業非常勤0.4595.94
1.0867.312

3) 授業や試験のために費やす時間
 1コマ1回の授業や試験の準備のためにどれだけの時間を費やしているのか、そして、そうした授業準備に対する自己評価や教授改善の取組についてもあわせてみていきます。
 授業準備にかける時間は、授業の内容・形態 (語学・講義・演習・実技・実験など) や担当コマ数によって異なってきますが、先にみたように週当り平均担当コマ数に大差がない「専業非常勤」と「常勤職あり」非常勤では (「II 非常勤講師の働き方」をご覧下さい) 、授業準備に30〜60分かける人 (「専業非常勤」21.4%・「常勤職あり」26%) と、90〜120分をかける人 (「専業非常勤」17.9%・「常勤職あり」29.3%) とが多くなっています (図III-2) 。そして、「専業非常勤」では30分までの人が17.2%、120〜180分の人が14.5%とつづき、「常勤職あり」では、120〜180分の人が12%、30分までの人が8.7%とつづきます。「定年後型」では、30〜60分、90〜120分、240〜300分かける人がやや多くいるといった状況で、2時間以上を授業準備につかう人が全体の42.8%も占めています。「定年後型」の週当り平均担当コマ数は「専業非常勤」や「常勤職あり」の半分ほどであること、このことがゆとりある授業準備を可能にしていると思われます。

図III-2 一コマ一回あたりの授業準備時間
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 授業の準備にかける時間が以上のような実態であることに対して、それぞれの非常勤講師は次のように自己評価しています (図III-3) 。肯定的評価が高いのは「定年後型」で、「まあまあ足りている」と「充分」とで回答者の81.5%を占めています。「専業非常勤」の場合は、「まあまあ足りている」や「充分」と肯定的にとらえる人が49.7%、「かなり不足」や「ひどく不足」と否定的にとらえる人が50.3%となっています。そして、「常勤職あり」が納得度がほかより低く、「かなり不足+ひどく不足」が58.2%、「まあまあ足りている+充分」が41.8%となっています。

図III-3 授業準備時間
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専業非常勤定年後型常勤職あり

 試験の準備にかける時間は (図III-4) 、「専業非常勤」では、1〜2時間かける人が最も多くて25.2%、ついで2〜3時間かける人17.4%となっています。これに対して、「常勤職あり」では、1時間以内の人が最も多くて33.3%、ついで1〜2時間かける人23.7%となっており、「定年後型」は、1〜2時間かける人31%、1時間以内の人が20.7%の順になっています。

図III-4 一回の定期試験作成のために使う時間
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 試験の採点にかかる時間は、図III-5に示されているように、2時間程度の人から10時間以上かかる人まで幅広く分布しています。主として受講生数の相違が反映しているものと考えられます。「専業非常勤」は、2〜4時間かかる人20%、ついで2時間以内の人18.7%が多く、長時間かかる場合では、10〜20時間かかる人11.6%、ついで8〜10時間かかる人9.7%との順になっています。「常勤職あり」の場合は、8時間以内では2〜4時間かかる人が最も多くて23.7%、長時間の場合は8〜10時間かかる人が多く16.1%となっています。そして、「定年後型」は、4〜6時間かかる人20.7%、長時間の場合で10〜20時間かかる人20.7%が多くなっています。

図III-5 一回の定期試験またはレポートの採点のために使う時間
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 非常勤講師が授業のための準備や試験の準備と採点など出講以外に以上のような時間をさいている実態をどのように「労働」として賃金評価させていくのかは私たちの課題です。例えば、現在でも受講生の多い授業に対してはその試験に際していくらかの「手当て」が支給されています (巻末資料 4大私学の教学・労働諸条件一欄表をご覧下さい) 。試験の採点に30時間かかっているということは、1日8時間として4日も採点作業をしているということになりますが、実際これに見合った「手当て」が支給されていません。「専業非常勤」がよりよい授業をしようと授業や教材の改善にとりくむ姿勢は、図III-6のように「常勤職あり」の人たちとなんら変わりありません。こうした私たちの教育者としての努力をただ働きとして放置せずに労働時間として換算し、賃金ないし手当てとして評価することが求められています。

図III-6 授業・教材の改善の長期的努力

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専業非常勤定年後型常勤職あり

4) 研究時間
 自分の専門研究にどれだけの時間をかけることができているか、講義期間中と休暇中にわけてみていきましょう。講義期間中では (図III-7) 、「専業非常勤」の研究時間は、週当り5時間以内の人が最も多く37.1%、つづいて5〜10時間の人27.1%となっていて、10時間以下の人たちで回答者の6.4割を占めます。「常勤職あり」も5時間以内の人が最も多くて39%、つづいて5〜10時間の人15.9%、あわせて回答者の約半数を占めています。定年後型非常勤は、5時間以内の人が最も多くて回答者のちょうど半数となっています。
 これらの数字は休暇期間に入ると当然のことながら時間が延長されます (図III-8) 。講義期間中と休暇期間中の平均研究時間で比較してみますと、「専業非常勤」で週12.9時間、「定年後型」で週3.7時間、「常勤職あり」で週15.2時間の延長となっています。
 全体のめやすとして研究時間が5時間以内という人からカウントして回答者の多数=7〜8割を含むようになる研究時間が何時間になるかをみてみますと次のようになります。「専業非常勤」では回答者の75.5% (102人) に達するのが研究時間週30時間=1日4.3時間以下、「常勤職あり」は81.6% (62人) に達するのが週40時間=1日5.7時間以下、「定年後型」は81.8% (18人) に達するのが週20時間=2.9時間以下となっています。

図III-7 週あたり研究時間 (講義期間中)
平均値 専業非常勤 8.1時間/定年後型 8.5時間/常勤職あり 11時間
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図III-8 週あたり研究時間 (休暇期間中)
平均値:専業非常勤 21時間/定年後型 12.2時間/常勤職あり26.2時間
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 以上のような研究時間数をそれぞれの非常勤講師はどのように自己評価しているのでしょうか。研究時間に対する満足度を次にみてみましょう。

 図III-9が示すように、自分の研究時間に対して「定年後型」では、「充分」と「まあまあ足りている」と回答した人が75%占め、高い満足度となっています。しかしながら、「専業非常勤」と「常勤職あり」ではこれとは逆に「ひどく不足」と「かなり不足」を選択した人が多くを占めています。「ひどく不足」と「かなり不足」と答えた人の合計は、「専業非常勤」で77.8%、「常勤職あり」で71.1%と回答者の7〜8割にもなります。また、「ひどく不足」と答えた人の割合でみると、「専業非常勤」25.7%、「常勤職あり」10.8%と「専業非常勤」の方が「常勤職あり」より2.4倍も多くなっています。こうした評価は、先にみたような研究時間数が「専業非常勤」にとってやっと確保できた研究時間であるということを示しているといってよいでしょう。研究時間の不足に対する「専業非常勤」のいらだちが伝わってきます。

図III-9 研究時間
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専業非常勤定年後型常勤職あり

5) 時間と体力
 今までみてきたように、専業非常勤講師には、賃金としては、授業時間分としてしか支払われていませんが、大学教育者として授業準備に要する時間、試験や採点に要する時間、また、研究者として研究時間が必要です。専任教員であれば、これらの時間が、労働時間として賃金や研究費に含まれますが、専業非常勤講師には保障されていません。その上、低賃金ゆえに多くのコマ数を持ったり、塾の講師やアルバイトをしたりするので、時間に追われているといえます。専業非常勤の時間的ゆとりのなさは単に時間のやりくりが難しいという問題にとどまらず、そのつけが自分自身の肉体にまわされていくのだという専業非常勤のおかれた深刻な実態が図III-10から読み取れます。
 「時間も体力もゆとりがない」と最悪のパターンを選択した人は、定年後型非常勤が3.7%、「常勤職あり」が20.5%に対して、「専業非常勤」では52.3%と半数以上にものぼっています。「常勤職あり」の人たちは担当授業の他にさまざま校務や職務が課せられていてやはり余裕のない状態にあると想像されるのですが、それでもここに数字として示されたように専業非常勤に比べれば「時間」か「体力」にゆとりを感じている人が多いのです。この「時間も体力もゆとりがない」という状態は、ともすれば消え入りそうになる教育者、研究者としての誇りを苦しい生活の中で必死に支えて、悪戦苦闘している姿といえるでしょう。

図III-10 日常生活と研究生活の両立のための時間と体力について
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専業非常勤定年後型常勤職あり

「専業非常勤講師」
=「大学非常勤のみの人」大学での非常勤講師だけを仕事としている人
+「予備校等兼職」大学非常勤以外に、予備校、専門学校、高校、塾等で非常勤の仕事を持っている人

「定年後型」
= 大学等を定年退職した後に、大学での非常勤講師をやっている人

「常勤職のある人」
=「大学専任」大学での専任教員をしていて、大学での非常勤講師もやっている人
+「大学外常勤」大学以外での常勤の仕事 (ジャーナリスト・弁護士等) があり、大学での非常勤講師もやっている人